長浜ラーメンの屋台ピンチ!後継者全員辞退の本当の理由は?発祥の地の今後はどうなるのか?

極細麺の「長浜ラーメン」発祥の地として知られる福岡市・長浜地区で、屋台街復活の見通しが立たないというニュースを目にしました。営業するのは4軒のみの現状で市が今年行った事業者公募でも、出店希望者は出ないままだといいます。関係者は「長浜屋台は風前のともしび」と危機感を強めています。

さて、長浜ラーメンの屋台ピンチということですが、今後はどうなるのでしょうか?今回はそちらについて記事にしたいと思います。

長浜ラーメンの屋台ピンチ!後継者全員辞退の本当の理由は?

市鮮魚市場が1955年にできたのに合わせ、周辺に屋台街が生まれたとされています。

忙しい市場関係者向けに、手早くゆで上がる極細麺を使ったラーメンを、多くの屋台が提供し6年前までは15軒が市場西側の道路に向かい合って営業していました。

衰退の理由は?

  • 観光客が増えるにつれ、「ぼったくり」
  • 歩道の占拠

上記内容が地域で問題視されるようになり「数十年前は住民が鍋を持っていって、ラーメンを持ち帰るような屋台への親近感があったが地域と屋台の距離を広げてしまった」のが衰退の原因と考えられています。

その後営業ルールを明確にしようと、市が2013年、屋台の営業時間や広さ、値段を明記することなどを定めた屋台基本条例を制定しましたが、閉店したり、常設店舗型に切り替えたりする店が相次いだ。

特にナンバーワンとやまちゃんが店舗に変わってしまったのが大きい気がしますね。

というコメントが寄せられているように、人気店は店舗型へと切り替え、店が減って客足も引く、負のスパイラルに入っていると考えられます。

地元民だからこそ、そんな現状を知っているので事業者公募でも、出店希望者は出ないままという現状は当たり前ですね。

発祥の地の今後はどうなるのか?

色々な意見が交わされているようですが、下記のようなコメントがありました。

何でもずっと残す必要はない。
新しいものが現れ、古きは消える。
それで良いではないか。
残る価値があるものは世話を焼かずとも自然と残るものだ。

上記のように残すや存続を希望するのであれば時代の流れに合わせての存続計画が必要となってきます。

ただ、悪評がたったからと言って規制してきた結果が今回の結果に繋がっていると言っても過言ではありません。

市や地元自治会が一緒に盛り上げていく形で再建計画を考えなければこのまま衰退から消滅への危機は免れることはできないのではないでしょうか?

今後に対しての世論

市が今年行った事業者公募
下記のようなことやってて、応募あるわけないじゃん。
>集団移転を迫られた
>午前4時の撤去時間は厳格化
名物を無くしたいのか残したいのか、ハッキリさせないとダメ。

いま長浜屋台があるところは薄暗くて人や車も少ないから、観光客も場所がわからなくて、行きにくいと思います。地元としては観光客相手の高いまずい中州の屋台より、お勧めだけど、頑張ってほしいですね。

今の屋台通りは隅に追いやられた感が強いですね。とても屋台通りとは言えない状態です。数年前まであんなに屋台があったのが嘘みたいです。
特にナンバーワンとやまちゃんが店舗に変わってしまったのが大きい気がしますね。浜崎あゆみも来ていたのにね。
札幌のラーメン横丁とは大きな違いで、せっかくの観光資源を潰してしまいましたね。

長浜に屋台があることを知らない観光客は多いと思う

存在知らなかったがそういう経緯があるのですか。これは一度完全撤退してから必要とされるならリセットで。地方の屋台自体は魅力があります。もう一工夫!の前に土壌整備を!

たぶん市の担当者のやる気が無いだけ。やる気が有れば経済効果を算出して観光として整備するはず。だが、『観光』と位置付けするなら『違法』は見逃さない。屋台は歴史なのかもしれないが時代の流れは全てに追従するとは限らない。

【屋台文化=昭和】っというイメージですが、令和になり令和の時代の屋台文化の追求が今後課題となってくるのではないでしょうか?規制にしろ、インバウンドの経済効果にしろ、時代の流れに合わせてビジネスモデルも柔軟に変化させていかなければならないということが今回の【長浜の屋台ピンチ】から読み取れると思います。

無くすのは簡単ですが、存続するのは難しいだからこそ、今後誰か救世主として、ビジネス再建のプロが表れて欲しいものでしね。

本日も最後までお読みいただきありがとうございました。

 

 

 

 

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